
■編集部よりお願い
1、文字は楷書で分かり易く、はっきりと書いてください。年の花集に、よく判読し兼ねる場合がありますので。
年の花集の投句は、ハガキ一通を原則とします。
2、句会報に掲載されるのは一人一句と決まっています。二句以上書かないでください。なお、句の下の作者名が洩れていることがありますので、御確認ください。
俳趣俳情?B
螢火二つ
山下一海
(社)俳人協会
類句や類想の問題には、昔の俳人たちもしばしば悩まされていたらしい。野々口立圃と松江重頼は、ともに江戸時代初期の、いわゆる貞門俳諧の有力俳人である。この二人はかねてソリが合わなかったようだが、重頼が『犬子集』を編纂するとき、立圃は、
螢火は河の背中の灸かな 立圃
の入集を望んだ。ところが重頼は、師松永貞徳の、
螢火は野中の虫の灸かな 貞徳
と同詠だからという理由でそれを承知しなかった。同詠とは、趣向が同一であることをいったのであろう。
立圃は納得がいかなかった。自分の<河の背中>は、貞徳の<野中の虫>とは違うと、ひそかに自負するところがあった。立圃は事情を師にうったえた。貞徳も立圃の句が自詠よりすぐれているからと、入集をすすめた。しかし重頼は断固として認めず、貞徳と重頼の間も気まずくなってしまった。さらに重頼は、師と自分の間を裂いたのは立圃だと逆恨みして、立圃に害をなそうとした。貞徳はやむなく立圃をも遠ざけた。
竹内玄玄一(げんげんいち)の『俳家奇人談』(文化十三年刊)に伝える話である。類句問題は往々にして感情問題になるようだ。